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東京地方裁判所 昭和60年(ヨ)2234号 決定 1985年7月03日

債権者 立山蓮枝

債務者 佐々木清 外二名

主文

債務者佐々木清・同鈴木正美は債権者に対し、各自昭和六〇年六月から同六一年五月まで毎月二五日限り二〇万円を仮に支払え。

債権者のその余の申請を却下する。

申請費用は債務者らの負担とする。

理由

一  債権者は申請の趣旨として「債権者が債務者らに対し労働契約上の地位にあることを仮に定める。債務者らは債権者に対し、各自一五五万円及び昭和六〇年三月から毎月二五日限り二〇万円を仮に支払え。申請費用は債務者らの負担とする。」との決定を求め、申請の理由として次のとおり主張した。

1  債権者は、昭和四二年、債務者佐々木清、同鈴木正美及び高間忠両名の父である亡高間峯治の両名に、その共同経営にかかる「高間会計事務所」(東京都新宿区新宿五丁目一一番二〇号所在)の事務員として採用された。

右亡高間は、昭和五六年三月二六日死亡し、以後は債務者三名が「新宿会計事務所」と名称を変更して共同経営し、債権者も債務者三名に雇用された。

2  ところが、債務者佐々木は、昭和五九年一二月中旬ころ、債務者鈴木はその翌々日、債権者に対し、事務所閉鎖を理由に昭和六〇年三月末日をもつて解雇する旨の意思表示をし、同年一月一一日以降右事務所を閉鎖した。

3  しかし、債務者らのなした債権者に対する右解雇の意思表示は、事務所閉鎖に名をかりた、債権者を事務所から排除するためになされたものであるから、何ら正当な理由のない解雇として無効である。すなわち、債務者らは、杉並区成田東五丁目四二番一〇号陵雲閣マンシヨン内に事務所を移転し、昭和六〇年一月中旬ころ、得意先に対し事務所移転通知をなし、従前どおり会計事務所を経営しているのである。

4  債務者らの債権者に対する賃金の支払いは、毎月二五日払いであり、債権者の離職までの直前三か月間の平均賃金は月額二〇万円である。一時金は、毎年、春の確定申告時に賃金の一か月分、夏一・五か月分、冬二か月分が支給されていた。

債務者らの債権者に対する未払賃金は、毎月の賃金のうち、昭和五九年一一月分五万円及び同年一二月分以降同六〇年二月分まで計六五万円、一時金のうち、同五九年夏一・五か月分、同年冬二か月分、同六〇年春一か月分計九〇万円、総計一五五万円である。

5  債権者は、昭和一二年五月一九日生まれの四七歳であり、現在まで仕事一筋に生きてきた独身女性である。家族はなく、肩書地のアパートで一人細々と生活しているが、不動産や有価証券等の資産はなく、現在はわずかばかりの貯金を食いつぶしている状態である。しかも、債務者らは失業保険には全く加入していなかつたため、債権者に失業保険が給付されるあてもない。そのため、現在の無収入の状態が続けば債権者の生活が破綻に頻する。

現在、債権者は、債務者に対し、地位確認等の本案訴訟を準備中であるが、その判決の確定を待つていては債権者に回復し難い損害が生ずることは必定である。

二  当裁判所の判断

1  本件疎明資料によれば、申請の理由1、2の各事実のうち、債務者高間と債権者との間に雇用契約が存在するとの点を除き、その余の点は一応これを認めることができる。

債権者は債務者高間との間にも雇用契約が存在する旨主張するが、右両者間に直接の雇用契約の締結されたことを認めるに足りる疎明はなく、債権者は事務所収入が債務者高間名義の普通預金口座になつていた旨陳述するが、これのみをもつてしては右両者間に雇用契約の存在することの疎明としては不十分であるというべきである。

従つて、債務者高間との間に雇用契約の存在を前提とする債権者の主張は、同債務者に対してはその余の点についての判断を進めるまでもなく理由がないというべきである。

2  そこで、本件解雇の効力について判断する。

債務者佐々木の債権者に対する解雇通知書(疎甲第五号証)には本件解雇理由は経営の都合上と債権者に背任行為があつたことによるものである旨の記載があり、債務者佐々木は、本件審尋中においても債権者に背任行為があつた旨を強調する。

しかし、債権者に債務者佐々木が主張するような背任行為のあつたことを認めるに足りる疎明は全くなく、また、経営上の都合によつて債権者を解雇しなければならなかつたことを認めるに足りる疎明も全くないのである。

してみると、本件解雇はその理由なくしてなされたものであるから解雇権の濫用して無効というべきである。

3  本件疎明資料によれば、申請の理由4の事実のうち、一時金の点を除き、その余の事実を一応認めることができる。

一時金の点に関しては、債権者と債務者佐々木、同鈴木との間に債権者主張の如き約定がなされた事を認めるに足りる疎明はない。もつとも、本件疎明資料によれば、債権者は、一時金として、昭和五七年度は春期一七万円、夏期二九万円、冬期三〇万円、同五八年度は春期二〇万円、夏期二六万五〇〇〇円、冬期二〇万円、昭和五九年度は春期二〇万円の各支払を受けていたことが一応認められるが、これからも明らかなとおり、一時金に関しては一定の基準が存しなかつたものということができ、そのことから具体的な権利が存したと認めることは困難であるというべきである。

4  そこで、保全の必要性について検討する。

先ず、債権者の求める地位保全の仮処分の点は、このような任意の履行を求める仮処分はその履行確保の点に難点があり、地位を保全することによつて債権者に法的利益をもたらすならば格別このようなことの認められない本件にあつては、その保全の必要性がないものというべきである。

次に、賃金仮払の点についてであるが、本件疎明資料によれば申請の理由5の事実を一応認めることができるから、債権者には賃金仮払の必要性があるというべきである。しかし、本件疎明資料によれば、債権者は本件解雇後蓄えによつて生活を維持してきたことが一応認められ、緊急に出費を要する事情も窺えないので、過去の賃金分については仮払の必要性がないというべきであり、仮払を命ずる期間については仮処分という性格等の諸点を考慮して一年間に限りこれを認めるのが相当である。

三  よつて、本件仮処分申請は主文第一項の限度で理由があるから、事案に照らして保証を立てさせないでこれを認容することとし、その余は失当として却下し、申請費用の負担につき民訴法九二条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 林豊)

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